第19章 恐怖でしかない
「さて、急で悪いのですが、椿の事です」
「は、はい…」
光秀はの目の前に座り、一対一で会話をする。鎌は片付けて来たようで近くには見当たらなかった。
「今、牢に入れています」
「怪我、とか、してませんか」
「…無傷ではありませんね」
ですよね、とは俯く。
無傷だという方が逆におかしいのだが、やはり元忍びとはいえ今は女中なのだから顔に傷でもつけられたらどんなに椿だとて冷静ではいられないだろう。そればかりが気がかりだった。
「…会うことはできませんか?」
「構いませんよ」
何かの意図があって会わせるのではないかと疑っている面もあったが、今は一々そんな事を気にしていられなかった。只々椿の無事を祈ることしかできないのだ。
しかも人質に会わせてくれるというのだ、これ以上のことは望めない。
「こちらです」
案内してくれた兵は牢の入り口で立ち止まり、門を開けてくれた。
中からはカビ臭いような異様なにおいがし、人間が平常心でいられるような場所ではないというのはでもわかった。
薄暗い牢の中では松明がなんとか道を示してくれるものの、それが安心させてくれ両な事はない。不安をあおるだけだった。
ふと、目線を上げると誰かが縮こまっているのが見えた。小柄…いや、小さく見えているだけなのだろう。
「…椿、ちゃん」
まさかとは思いながらも名を呼ぶと、その誰かはぴくりと反応を見せた。
間違いない、椿だ。
そう思えば足は動き、鉄格子越しに椿を目に捉える。
此方に顔を見せてくれたのは、あの笑いが咲き誇った顔ではなく、疲弊した、もうあの咲き誇る笑顔が嘘のようにしぼんでしまった椿の悲しそうな顔だった。