第1章 そしゃく
死体を見たことがある。
なんてことはない、野良猫の轢死体だ。
交通量の少ない裏道に、その毛と肉の固まりはあった。
頭蓋が割れて、中身が流れ出していた。
半開きの口から、だらりと舌が垂れている。
収まるべき場所が壊れてしまって、転がり出た目玉が一つ、道路の上でこちらを見ている。
そんなにきれいではなかった。
まとまりのないピンク色の肉と、えぐれた内臓が腹からはみ出している。
大元はきちんと毛の生えそろった皮袋に収まっていて、たぶん、切り取れば昨日食べた何やらとか、消化しかけの色々が詰まっているのだろう。
いや、野良だからまともに食っていないかも知れない。
猫の残骸はぐったりと、アスファルトに四肢を伸ばしている。
人生(猫生?)が断絶したそのままの姿を、隣に座ってまじまじと眺め回したとき、やたらはっきりと自分の生を実感した。
命なんぞ、その気になれば、手で触れられそうな近くにあるのかと、その猫を抱き寄せて撫でてやりたいほどだった。
そろそろと猫の残骸に手を伸ばしたところで、近所のおばさんが出てきて大声を出した。
「なにしてるの!」
周囲に集まってきていたカラスが、その声で一斉に飛び立った。
ああ、あともう少しで撫でられたのに。
悔いながらおばさんの顔を見上げると、彼女の肉を透かして、頭蓋骨の形がはっきり分かった、ような気がした。