第5章 5
「愛しい人から初めて聞かされる、好き、っていう言葉は…なかなかに強烈だね」
頬やおでこに柔らかく湿った感触が降ってくる。
その感触は意外にも不器用だ。
「レンっていろんな女の子にデートに連れて行ってるから、その…」
「他のレディにだったらもっとうまくやってるさ。甘く、痺れるようなキスをね」
浮気者ー、と私は笑いながら文句をいう。
「ハニーもされたいの?」
「…レンがしたいなら、いいけど」
心の奥がチリっと灼けた。恋の甘いうずきではない、なにかが。
「冗談。ハニーにそんなことは出来ないよ」
レンはくすくすと笑いながら私の前髪を優しく梳く。
「大切すぎて、どうしたらいいかわからない」
声になるかならないかくらいの小さなつぶやき。
レンはそのつぶやきを隠すかのように、私を強く抱きしめた。
「レン、痛い…」
「ごめん、ハニー。少しだけ」
さらにレンが力を込める。息が止まりそうだ。
しばらくして抱きしめる腕の力が抜けた。
ほっと息をはきだす。
「思いのままに抱きしめたら、こうなってしまうんだ」
彼は自嘲気味に笑う。
「時間が解決してくれるよ」
「想いが冷めるってことかい?」
「いーや、落ちつくってこと。ガスバーナーも種火の灯った瞬間は暴れるから」
心にあるこの炎もきっと同じ。
うまく扱えるようになってからが本番なんだ。
「俺のハニーは楽器が直せる吟遊詩人だったようだ」
「なんかすごく恥ずかしいことを言ったような気がする」
私はごまかすように池の水面を見つめた。
「…触れてみたくなったの」
「奇遇だね。俺も触れてみたくなったところだったんだ」
私は再び、レンの不器用な腕の中に閉じ込められた。
おわり