第9章 春霖
五条side
コンコン、と静まり返った高専の廊下に、僕のノックの音が小気味よく響く。
「雫、おきてー。朝だよー、太陽がもうあんなに高いところまで上っちゃってるよ?」
声をかけてみるけれど、ドアの向こうからはパタパタという慌てる足音も、衣擦れの音すらも聞こえてこない。
あれ、もしかしてまだ夢の中かな?
鍵がかかっていないのを確認して、僕はゆっくりとドアノブを回し、彼女の部屋の中へと足を踏み入れた。
カーテンの隙間から、朝の柔らかな木漏れ日が差し込んでいる。
ベッドに目を向けると、そこには案の定、小さな身体を丸めてすやすやと眠りこけている雫の姿があった。枕元のすぐ近くにあるサイドテーブルの上には、昨日僕が彼女の頭の上に載せてあげた、あのシロツメクサの花冠が置かれている。
本当に……無防備。僕が悪い奴だったらどうすんのさ
そんなことを思いながらも、僕はベッドの脇にそっと腰掛けた。
いつも、どこか怯えてた様子の彼女。それが、こうして僕たちの前で完全に警戒心を解いて寝坊してしまっている。昨日の思い出が、彼女にそれだけの安心感を与えられたんだと思うと、胸の奥がなんだか無性に愛おしさで満たされていく。
僕はそっと大きな右手を伸ばすと、彼女の額に触れ、少しハネてしまっている綺麗な髪を、愛おしそうに何度も、何度も、手のひらで優しく撫で回した。
「ほらほら、お寝坊さん。起きてー」
『……ん…………、あ……』
手のひらの温もりに反応するように、雫の長い睫毛がピクリと震えた。
ゆっくりと開かれた彼女の瞳が、至近距離にある僕の目隠しされた顔を捉えた瞬間、その瞳が驚きでまん丸に見開かれる。
『えっ……ご、五条先生……っ!?』
「おはよ、雫。やっと起きた」
大慌てでガバッとベッドの上に起き上がる彼女。
普通なら顔を真っ赤にして慌てる女の子も多いシチュエーションだ。
僕も目隠しの奥で、「さあ、どんな可愛い反応をしてくれるかな」と、彼女の可愛い反応を今か今かと楽しみに期待していた。
——だけど。