第21章 勉強と昔話
「今はもう、『どこかへ嫁がなきゃ』なんて考えてないだろ」
私は一瞬だけ脹相を見る。
脹相もこちらを見ている。
そして、少しだけ笑った。
「……うん」
私は頷く。
「今は、自分が一緒にいたいと思う人といたい」
その言葉に、脹相の目がわずかに見開かれる。
「それに」
私は繋いだ手をそっと握る。
「五条さんはそれを望んでないって分かったから」
「……そうか」
脹相の声が、静かに響く。
「ならば、それでいい」
その手が、今度は私の手を握り返す。
恵はそんな二人を見ながら、昔を思い出していた。
幼い頃。
何をしても「もっと頑張らなきゃ」と言っていた少女。
自分がどれだけ努力し、優れているのかも知らず。
もらったものを返すことばかり考えて。
いつか誰かのために嫁ぐことまで、自分の役目のように考えていた。
そんな彼女が今は。
自分自身の気持ちで、隣にいる人を選んでいる。
恵はそれを見て、ほんの少しだけ安心したように目を細めた。
「……まあ」
「ん?」
「昔よりは、自分のことを大事にするようになったな」
「……そうかな」
「そうだよ」
恵はそう言って、いつものように淡々とノートへ視線を戻す。
けれど、その横顔には。
幼い頃からずっと見てきた幼馴染が、ようやく自分のための人生を歩き始めたことへの、静かな安堵が浮かんでいた。