第12章 おいで
夕方。
脹相がリビングで本を読んでいると、キッチンにいた彼女がふとこちらを振り返った。
「脹相」
「何だ?」
「おいで」
彼女はそう言って、両手を広げる。
「…………」
脹相の視線が、その両腕に向く。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、胸が高鳴った。
「…………」
本を閉じ、そして迷うことなく、彼女のところへ歩いていく。
「来た」
「うん」
彼女が嬉しそうに笑って、脹相を抱きしめる。
「ふふ」
「…………」
腕の中に収まると、それだけで、脹相の身体から余計な力が抜けていく。
「来てくれてありがとう」
「…………」
彼女が少し身体を離す。
そして。
ちゅ。
と、額に、柔らかなキスを受ける。
「…………」
脹相が固まった。
「どうしたの?」
「……いや」
「顔赤いよ?」
「…………そうか?」
「うん」
彼女は不思議そうに笑っている。
けれど脹相は何も言わない。
言えるわけがない。
――これが好きだ。
「おいで」と呼ばれて、
両手を広げて待っていてくれて
自分がそこへ行くと、嬉しそうに抱きしめてくれる。
そして。
「来てくれてありがとう」
そう言って額にキスをしてくれる。
「…………」
たったそれだけのことなのに。
自分がここへ来たことを、彼女が喜んでくれている。
それがどうしようもなく嬉しい。