第11章 頭突き
「……脹相?」
「……なんだ」
「手、震えてる」
「…………」
脹相が自分の手を見る。
そして、ほんの少し眉を寄せた。
「……困ったな」
「え?」
「お前が近すぎる」
本当に困ったような声だった。
「恋人なんだから、これくらい……普通じゃない?」
そう言うと。
脹相は黙り込んだ。
「……普通、なのか?」
「え?」
「俺には……そうは思えない」
脹相がこちらを見る。
今度は、逸らさなかった。
「好きな女が目の前にいて」
「…………」
「こんな距離にいて」
「…………」
「しかも、俺を見て笑っている」
そこで一度、言葉を切る。
「……平静でいられるほど、俺は器用じゃない」
胸が、どくんと鳴った。
脹相は自分でも恥ずかしくなったのか、視線を落とす。
「……さっきから、心臓がうるさい」
「脹相も?」
「ああ」
「私も……」
そう言った瞬間。
脹相の目が、また私の唇へ向いた。
今度はすぐには逸らさない。
「…………」
「…………」
沈黙。
けれど、さっきよりも距離が近く感じる。
脹相の指が、私の頬に触れた。
その指先も、少しだけ震えている。
「……キスしてもいいか」
いつもの脹相なら、もっと堂々と言うのかもしれない。
でも今は、声が低くて、少しだけ震えていた。
私は小さく頷いた。
「……うん」
そしてすぐ、脹相が目を閉じる。
けれど――
あと少し、というところで止まった。
「……待て」
「え?」
脹相が顔を離す。
「……駄目だ」
「なんで?」
「今したら……たぶん、俺が平静を保てなくなる」
「……もう保ててないんじゃない?」
「…………」
図星だった。
脹相は耳まで真っ赤になって、しばらく黙り込む。
それから、私の額に自分の額をそっと合わせた。
「……今日はこれで勘弁してくれ」
「ふふっ」
「笑うな」
「だって、脹相が可愛いから」
「……それ以上言うな」
「なんで?」
「……また、したくなる」
今度こそ。
私の心臓も、どうしようもないくらい跳ねた。