第56章 睡眠
(……待て)
(何の話だ?)
(“もう脹相がいる”から、“お役御免”……?)
嫌な予感がする。
そして脳裏に、とんでもない可能性が浮かんだ。
(まさか……)
乙骨は以前から彼女と親しい。
彼女が眠れていないことを心配していた。
そして今――
「もうお役御免」
(……添い寝をしていたのか!?)
脹相の脳内で、勝手に話が完成した。
(乙骨が……彼女と……?)
「……」
拳が、ぎゅっと握られる。
もちろん乙骨にそんな意図があるとは限らない。
そもそも、彼女だってそんなことをするとは思えない。
だが恋人である以上、気になるものは気になる。
脹相は二人に声をかけることもできず、その場を離れた。
いや、今聞いたら、自分が嫉妬していることが丸わかりになる。
そんなことはできない。
そして、ちょうどそのとき。
「脹相か?」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、伏黒恵が立っていた。
「……伏黒」
「何してるんだ?」
「……少し聞きたいことがある」
「?」
脹相はしばらく黙ったあと、意を決したように口を開いた。
「……お前は、彼女と乙骨の関係について何か知っているか?」
「……は?」
伏黒が微妙な顔をする。
「いや……最近、彼女が眠れているらしいんだが」
「それならよかったじゃないですか」
「乙骨が『もうお役御免か』と言っていた」
「……ああ」
伏黒は何かを察したような顔をした。
そして、ため息をつく。
「それ、たぶんクマの人形の話ですよ」
「……クマ?」
「前に乙骨先輩から貰ったクマの人形。あれ、知ってます?」
「……知らない」
「あいつ、前はそれと一緒に寝てたんですよ」
「…………」
「だから、アンタと一緒に暮らし始めて、もうクマの人形と寝なくなったって意味だと思うけど…」
「…………」
脹相は固まった。
「……そういうことか」
全身から力が抜ける。
(クマ……)
(人形……)
(乙骨ではなく……クマ……)
先ほどまで胸の中を占領していた嫉妬が、急速に消えていく。
「……俺は何を考えていたんだ」
「さあ」
伏黒は淡々と答えた。
「本人に聞けばいいじゃないですか」
「……そうする」
脹相は深く息を吐いた。
そして、少しだけ気まずそうに彼女のもとへ向かった。