第56章 睡眠
高専の廊下を、脹相は一人で歩いていた。
今日は任務の報告で来ていたのだが、用事を終えて帰ろうとしたところ、聞き慣れた声が耳に入った。
「最近、ちゃんと眠れてる? 大丈夫?」
乙骨憂太の声だった。
脹相は足を止める。
廊下の先には、彼女と乙骨が並んで話していた。
仕事の話だろう。
そう思って、そのまま通り過ぎようとした。
けれど
「うん、大丈夫だよ」
彼女の柔らかな声が聞こえた。
「脹相がいるから」
――その瞬間。
脹相の足が完全に止まった。
「……」
胸の奥が、じわりと熱くなる。
自分がいるから、大丈夫。
それだけの言葉なのに、どうしようもなく嬉しかった。
表情に出さないようにしているつもりだったが、口元が緩みそうになる。
(……俺が、いるから)
一緒に暮らすようになってから、彼女が少しでも安心して眠れているなら、それだけでよかった。
脹相は満足そうに頷く。
「それじゃ、もうお役御免かぁ」
次の乙骨の声を聞いた時
「……?」
脹相の思考が止まる。
(お役御免……?)
乙骨は、少し寂しそうに笑っている。
彼女も困ったように笑っていた。
「そんなことないよ」
「でも、もう脹相がいるんでしょ?」
「うん」
「そっかぁ……」
脹相の顔から、さっきまでの穏やかな表情が消えた。