第54章 名前
「……前から思ってたんだけど」
伏黒が、ソファに座ったままぽつりと言った。
「なんであいつの名前、呼んでやらないんだ?」
「……名前?」
「ああ」
脹相は一瞬、言葉の意味が分からず瞬きをした。
今日は珍しく、彼女が買い物に出ている間に恵と二人きりだった。
五条から頼まれた用事もあり、珍しく恵が家に寄っている。
「……確かに」
言われてみれば、脹相は彼女のことを
いつも「おい」や「お前」などと呼ぶことが多い。
付き合っているのだから、当然名前を呼ぶこともある。
ただ、頻繁ではない。
「たまに呼ぶことはある」
「知ってる」
「……だが」
脹相は腕を組み、真剣な顔をした。
「今から急に名前で呼び始めたら、変ではないだろうか」
「別に?」
「……そうか?」
「そうだろ」
恵は心底どうでもよさそうに答える。
「恋人なんだから名前くらい呼ぶだろ」
「しかし、今まであまり呼んでいなかった」
「じゃあこれから呼べばいいじゃねぇか」
「…………」
「試しに呼んでみれば?」
「……試す?」
「本人いるじゃん」
恵が指を指したその先で、ちょうど玄関の扉が開いた。