第1章 出会い
深く、暗い闇の中に鏡が浮かんでいた。
ああ……愛しい我が君。気高く麗しい悪の華。
貴女こそが世界で一番美しい。
――――鏡よ鏡、教えておくれ。この世で一番……
燃え盛る暗緑の炎の奥底へと、誰かがいとしげに語りかける声が聞こえる。
けれど、その声を最後まで聞くことは叶わず、次に意識が浮上したときには身体は何かに揺らされていた。
地面を蹴る蹄と共にカラカラと回る車の音。時折いななく馬の声。
朧げな意識は、宵の色を映した木々と、遠く遠くに聳え立つお城をぼんやりと捉えていた。
馬車に揺られて、お城を目指す。
まるで何度もめくったおとぎ話みたいなワンシーンの中にいるみたい。
ものみな煌めく闇に包まれる夢見心地をどこか懐かしく、愛しく感じていた。
――――闇の鏡に選ばれし者よ。
汝の心の望むまま、鏡に映る者の手をとるがよい。
暗闇の果てを映した鏡を覗き込めば、そこには幾つもの小さな世界に満ちていた。
濡れた赤薔薇の匂い。荒野に吹く風の音。深海の歌声。黄金色の熱砂。毒を孕んだ林檎の艶めき。神さえ死に誘う青い炎。黒い茨の森。
伸ばされた手を取ったら、どうなってしまうのだろう。
迷いを纏った指先が緩やかに丸まる。
この先の一線を越えたら、どこかへ迷い込んでしまいそうな気がしていた。
けれど、決して抗えない何かが心を突き動かす。
一度踏み込めば、もう二度と帰ってこられないかもしれないとわかっていても、私は心の思うままに鏡に手を伸ばし――――その手を取った。
明月をも灰にする焔炎。刹那をも封じ込める凍氷。蒼穹をも飲み込む大樹。
闇の力を恐れるな。さあ――力を示すがよい。
私に、彼らに、君に残された時間は少ない。
決して、その手を離さぬよう――――
とうに萎れてしまった花の冠が散っていく。
おとぎ話の夢と、誰そ彼の果てが綯い交ぜになっていく。