第75章 とにかく帰ろう
「……乗れ」
「え?」
「歩けるのか?」
「歩けるよ」
立ち上がろうとする。
けれど。
ふらり。
「……っ」
脹相の腕がすぐに私の身体を支えた。
「ほら」
「……」
「歩けないじゃないか」
「今のは、ちょっとだけ……」
「もういい」
脹相はそう言うと、私の身体を軽々と抱き上げた。
「わ……」
「暴れるな」
「暴れてないよ」
「なら、そのままでいろ」
私は脹相の首に腕を回す。
久しぶりに触れる。
近い距離に、それだけで、胸がいっぱいになる。
「……脹相」
「なんだ?」
「恋人になったんだよね、私たち」
脹相の足が一瞬止まる。
「……ああ」
「なんか、まだ信じられない」
「俺もだ」
「ふふ」
私は脹相の胸元に頬を寄せる。
「嬉しい」
「ああ」
「すごく」
「ああ」
何度も短く返してくれる。
その声を聞いているうちに、張りつめていたものが、
少しずつほどけていく。
店を出て、外の空気に触れる。
「……寒いか?」
「少し」
脹相は抱き方を変え、私が風に当たらないように身体を寄せた。
「これならどうだ?」
「……暖かい」
「そうか」
私は目を閉じる。
「脹相」
「なんだ」
「帰ったら……いっぱい話そうね」
「ああ」
「この間のことも」
「……この間?」
「私、脹相に好きだって言ったか覚えてないから」
脹相が少し黙る。
「それも、帰ったら話す」
「ほんと?」
「ああ」
「じゃあ、楽しみ」
「ああ」
歩く振動が心地よくて。
私は脹相の首元に顔を埋める。
「……脹相の匂いする」
「……そうか」
「好き」
脹相の足がまた少しだけ止まった。
けれど今度は何も言わない。
ただ私を抱く腕が、ほんの少しだけ強くなった。
「……俺も好きだ」
その声を聞きながら、私は安心して目を閉じた。