第72章 大変だった
「……『脹相が好きだ』と言われた」
「……」
今度は五条が黙った。
「それは……」
「その後に」
脹相が続ける。
「『どうやったら私を好きになってくれる』とも言われた」
「……」
数秒の沈黙。
「それは大丈夫じゃないね」
「ああ」
脹相は深く息を吐いた。
「俺もそう思った」
「で?」
「俺は……」
言葉が止まる。
五条は急かさなかった。
「……もう好きだと答えた」
「……」
「だが」
脹相が目を伏せる。
「その時には、もう眠っていた」
「……寝たの?」
「ああ」
「好きって言って」
「その直後にな」
「すごいね」
「……俺は笑えない」
「だろうね」
五条が少しだけ笑う。
「それで、今朝?」
「何も覚えていない」
「やっぱり」
「本人は、昨日何を言ったのかも知らない」
脹相は少し寂しそうに続けた。
「だから、俺は何も言わなかった」
「言わなかったんだ」
「ああ」
「『昨日、お前は俺のことが好きだと言った』って?」
「言えるわけがない」
脹相の声には、はっきりとした意思があった。
「酔っていたんだ」
「……」
「その言葉を俺に都合よく使うつもりはない」
五条は黙って脹相を見る。
「本人が覚えていないなら、なおさらだ」
「……そっか」
「それに」
脹相は自分の首元に触れる。
そこには、先日買ったペアのネックレスがある。
「俺が欲しいのは、酔ったときの言葉ではない」
「うん」
「起きているあいつが、自分の意思で言ってくれる言葉だ」
五条はしばらく何も言わなかったがやがて、少しだけ笑う。
「……君、本当に真面目だね」
「そうか?」
「うん」
「俺はただ……」
脹相は言葉を探す。
「大切にしたいだけだ」
五条の目が少し細くなる。
「……それなら、昨日のことは無駄じゃなかったんじゃない?」
「?」
「少なくとも、君があの子をどれだけ大事にしてるかは、僕にはよく分かったよ」
脹相は黙った。
「で、どうするの?」
「……どうするとは?」
「今まで通り?」
「……いや、もう告白しようかと思っている」
五条が目を丸くする。
「お?」
さっきまでの軽い笑みが、少しだけ真面目なものに変わった。