第66章 白無垢のモデル
白い。視界の中に、ただ白が広がっている。
純白の白無垢に包まれた彼女が、ゆっくりと撮影場所へ歩いてくる。
何枚もの衣が重なり、その姿を包み込んでいる。
髪は整えられ、白い角隠しがその横顔をより美しく見せていた。
普段、家で見る彼女とはまるで違う。
いつもの柔らかな表情も。
気を抜いた時の笑顔も。
自分に向けてくれる、少し照れたような顔も。
何もかも知っているはずなのに。
今、目の前にいる彼女は――知らない人のようだった。
「……綺麗だ……」
脹相の口から、無意識に言葉が漏れる。
声に出したことすら、自分では気づいていなかった。
彼女はカメラの前で静かに立っている。
指示を受けるたびに、わずかに身体の向きを変える。
視線を落とせば、儚げな影が差す。
ほんの少し顔を上げれば、凛とした美しさが際立つ。
笑えば柔らかい。
けれど、ふと真顔になった瞬間には、触れれば消えてしまいそうなほど儚い。
脹相は、目を離せなくなっていた。
なぜだ。
どうしてこんなにも――。
「……」
胸の奥が、妙に苦しい。
白無垢姿だから、というだけではない。
彼女が美しいことなど、今に始まったことではない。
朝、寝ぼけた顔で「おはよう」と言う彼女も。
髪を結びながら鏡の前で悩んでいる彼女も。
食事をしている時の横顔も。
疲れてソファで眠ってしまった時の姿も。
ずっと、綺麗だと思っていた。
けれど――。
今の彼女は、あまりにも遠く感じる。
手を伸ばしてはいけないもののように。
自分が触れてしまえば、壊れてしまいそうなもののように。