第64章 文化祭で囲まれる五条と脹相
脹相は一瞬黙る。
恋人役。
それは分かっている。
自分たちの間には。
まだ名前のついていない感情がある。
それでも。
あいつを守るためなら。
「……ああ」
今度は。
迷わなかった。
「俺が、あいつの恋人だ」
その言葉を聞いた瞬間。
五条が小さく笑う。
「……言い切るねぇ」
脹相は五条を見る。
「何か問題があるか?」
「ないない」
五条は楽しそうに肩をすくめる。
「むしろ、僕が教えた通りで完璧」
「……そうか」
そして。
脹相は人混みの向こうを見る。
ちょうど。
〇〇がこちらへ歩いてくるところだった。
メイド服姿で。
大きな看板を抱えて。
「脹相!」
彼女が嬉しそうに手を振る。
「ここにいたんだ!」
「……ああ」
脹相の表情が。
ほんの少しだけ柔らかくなる。
「探してたんだよ」
「すまない」
「女子に囲まれてたから、声かけにくかった」
「……」
脹相は少し困った顔をする。
そして彼女の手から看板を受け取った。
「俺が持つ」
「え、いいよ」
「いい」
「でも――」
「……お前は人が多いところでは、俺の近くにいろ」
「?」
私は不思議そうに首を傾げる。
「分かった」
素直に隣へ並ぶ。
脹相は。
さっきまで囲まれていた女子たちのことなど。
もう忘れていた。
ただ。
隣にいる彼女を見て。
胸の奥で思う。
――危ないことをしているから心配なのではない。
――お前が傷つくことが。
――何より嫌なのだ。
そして。
それをまだ。
「好き」という言葉にはしなかった。
ただ。
〇〇が持っていた看板を片手に。
もう片方の手で彼女が人混みに流されないよう
そっと背中に添えた。