第53章 禪院家からお見合いの話が来てたの知らなかった
「禪院家のお見合いを断ったそうやな」
不意に声をかけられて振り返ると、そこには禪院直哉が立っていた。
「……直哉さん」
「せっかくの顔とスタイルなんやから、貰い手があるうちに家に入ったほうがええんとちゃうか」
開口一番、そんなことを言われる。
「貰い手があるうちに、って……」
「女は歳取ったら相手にされんようになる。若いうちが華や」
悪びれる様子もなく、直哉は私を上から下まで眺めた。
「せやから、今のうちに条件のええ男を捕まえといたほうが身のためやと思うけどな」
「……それでも」
私は目を逸らさずに答えた。
「私は、自分が納得した相手とじゃないと結婚しません」
一瞬、直哉の表情が止まった。
「……は?」
「誰に勧められたからとか、家の都合とか。そういう理由だけで決めるつもりはありません」
「生意気やな」
低く吐き捨てると、直哉が一歩近づく。
そして次の瞬間
「っ……!」
片手で頬を掴まれた。
左右からむに、と頬を押さえつけられ、顔を無理やり上向かされる。
「ほんま、可愛げのないこと言うようになったなぁ」
「……痛いです、離してください」
「自分がどれだけ恵まれた条件持っとるか、分かってへんみたいやな」
「――そこまでにしとけ」
鋭い声が飛んできたことで直哉の手が止まる。
振り向くと、そこには禪院真希が立っていた。
眼鏡越しの目が、冷たく直哉を睨みつけている。
「何してんだ、直哉」
「真希ちゃんには関係ないやろ」
「関係あるかどうかは私が決める」
真希はそう言うと、私と直哉の間に割って入った。
そして、私の頬を掴んでいた直哉の手を乱暴に払い落とす。
「女の顔掴んで説教するほど偉くなったつもりか?」
「……ほんま、相変わらず可愛げないなぁ、真希ちゃんは」
「お前に可愛がられるくらいなら、一生このままでいいよ」
真希は吐き捨てるように言った。
「それに――」
私をちらりと振り返る。
「結婚する相手くらい、自分で決めていいだろ」
その言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなった。
「……真希さん」
「行くぞ」
真希はそれだけ言って、私の手首を軽く引いた。
直哉を置き去りにして、その場を離れる。
背中越しに、
「……ほんま、生意気な女やなぁ」
という直哉の声が聞こえた。
けれど今度は、怖くなかった。
