第38章 断らなくてよかった
やがて、脹相がぽつりと言った。
「……俺でよかった」
「うん」
「本当に」
「うん」
脹相は安心したように目を閉じる。
もし、あの日断っていたら。
彼女は別の誰かと手を繋いでいた。
別の誰かの隣で笑っていた。
その可能性を考えるだけで、胸が苦しくなる。
だからこそ。
「……ありがとう」
「え?」
「俺を選んでくれて」
「……」
彼女は少しだけ笑った。
「こちらこそ」
その夜。
脹相は自分の部屋へ戻ってから、ベッドに座って深く息を吐いた。
「……本当に、俺でよかった」
何度も繰り返す。
胸の奥に残っていた不安が、少しずつ消えていく。
そして、ふと気づく。
自分はずっと。
〇〇との関係を壊すのが怖くて、告白できずにいた。
けれど。
〇〇が自分を頼ってくれたこと。
自分以外ではなく、自分に恋人のふりを頼んでくれたこと。
それだけで。
少しだけ、期待してしまう。
「……もしかしたら」
脹相は小さく呟いた。
「いつか本当に……」
そこまで言って、慌てて首を振る。
「……いや」
まだ早い。
今はまだ。
けれど――
あなたの隣にいるのが「自分でよかった」。
その事実だけは。
今夜の脹相にとって、何より嬉しいことだった。