第37章 寸止めの代償
そのとき。
「脹相?」
「……!」
背後から声がした。
慌てて振り返る。
「どうしたの?」
彼女が不思議そうに立っている。
「……何でもない」
「なんか顔赤くない?」
「……少し暑いだけだ」
「そう?」
それを聞いて私は首を傾げる。
「お茶飲む?」
「ああ」
キッチンへ向かう彼女の背中を脹相は見つめる。
そして。
また思い出してしまった。
あのときの顔。
「……」
「脹相?」
「……なんだ」
「お茶、ここ置くね」
「……ああ」
〇〇がテーブルに湯呑みを置き、そのまま隣に座る。
距離が近い。
脹相は反射的に少しだけ身体を引くのが分かって不思議に思う。
「……?」
「どうしたの?」
「……いや」
「今日、なんか変だよ」
「……」
言えるわけがない。
『さっきの顔を思い出して、まともにお前の顔を見られない』など。
「……少し疲れているだけだ」
「そっか」
彼女はそれ以上聞かず、俺の隣に座った。
「今日はありがとね」
「……ああ」
「恋人のふり、助かった」
「……」
また、その言葉。
恋人のふり。
脹相は湯呑みを握る。
「……お前」
「うん?」
「……あのとき」
「?」
言いかける。
けれど、止める。
「……いや、何でもない」
「変なの」
あなたが笑う。
その笑顔を見て。
俺は再び顔を逸らした。
「……」
――もし。
もしあのとき。
自分が止まらなかったら。
あなたはどうしただろう。
怒っただろうか。
困っただろうか。
それとも――
「……」
また顔が熱くなる。
「……駄目だ」
「何が?」
「何でもない」
脹相は立ち上がった。
「少し部屋に戻る」
「え、もう?」
「ああ」
「どうしたの?」
「……頭を冷やしてくる」
「?」
彼女は首を傾げていたが、俺はそのまま自室へ向かう。