第36章 恋人のふり
しかし、相手はまだ疑っているようだった。
「でもさ」
「?」
「なんか、恋人にしては距離あるよね」
「え?」
「手を繋いでるだけじゃん」
あなたが困ったように脹相を見る。
脹相も相手をじっと見返す。
「それで十分だろう」
「いやいや」
相手は笑った。
「本当に付き合ってるなら……」
そして、悪戯っぽく言う。
「キスくらいできるよね?」
「…………」
空気が凍った。
「え……」
あなたの顔が一気に赤くなる。
脹相も完全に停止していた。
「ほら、恋人なんでしょ?」
「それは……」
どうすればいいのか分からず、あなたは脹相を見る。
脹相はしばらく黙ったあと、静かにあなたへ向き直った。
「……大丈夫だ」
「え?」
「俺を信じろ」
小さく囁かれる。
「……うん」
脹相が一歩近づく。
「……」
さらに一歩。
距離が縮まる。
あなたは思わず息を止めた。
脹相の顔が近い。
目を逸らしたくても、逸らせない。
そして――
唇が触れる寸前。
ぴたりと止まった。
「……!」
触れていない。
ほんの僅かな距離を残して、脹相は止まっている。
しかも、相手からは二人の顔が重なって見える角度だ。
「……おお」
相手が納得したように笑う。
「なるほど。悪かったな、疑って」
「……ああ」
脹相は静かに答えた。
相手が離れていく。
その姿が見えなくなった瞬間。
脹相はゆっくりあなたから離れた。