第1章 『音会う』
春の帝都大学は、どこか落ち着かない。
新入生らしい学生たちが真新しい鞄を提げて構内を歩き、あちらこちらでサークルや部活動の勧誘の声が飛び交っている。
そんな光景を横目に見ながら、私はフルートの入ったケースを抱え直した。
──三回生。
大学生活にもすっかり慣れて、講義を受ける教室に迷うこともなくなった。オーケストラ部にも馴染んだ。先輩や同級生とは気軽に話せるし、後輩だってできた。
──それなのに、最近、妙に落ち着かない。
「……三回生、か」
口に出してみれば、余計に嫌な響きがした。
就職、インターン、自己分析、企業研究。
周囲から聞こえてくる言葉が、少しずつ現実味を帯びてきている。
経済学部の友人たちの中には、もう将来を見据えて動き始めている人もいた。
説明会に参加したとか、資格を取ったとか、ゼミをどうするとか。
そんな話を聞くたび、私は曖昧に笑って頷く。
──私は、何がしたいんだろう。
答えはまだ、見つかっていなかった。
だからなのかもしれない。
最近、空き時間ができると、決まって私はフルートを持ち出すようになった。
理工学部の校舎から少し離れた場所。
人通りが少なく、講義棟の裏手にあたるそこは、練習場所として都合がよかった。
経済学部の人間である私がわざわざここまで来る理由なんて、それくらいしかない。
ケースを開き、銀色の楽器を組み立てる。頭部管を差し込み、キーを軽く確かめる。
それだけで少しだけ呼吸が楽になる気がした。
フルートを構えて息を吸う、
そして──吹く。
春の空気に、柔らかな音が溶けていった。