第12章 赤兎編
外壁の向こうから軽やかに靴を蹴る音がし、誰かが塀を簡単に上ったのだ。
あなたが空を見上げると、影を作るほどの大柄な男が、こちらをじっと見下ろしていた。
「……え? ルドガーっ!」
その声はすぐに、明るく幸せな音色に変わる。
濃色の軍服姿の彼は、マントをはためかせ、下にすみやかに着地した。
そしてあなたのもとに歩いてきて、自分の両腕にしまいこむように抱きしめる。
「ただいま、」
「おかえり、ルドガー。もう帰ってきたのっ? 早いね!」
「ああ。お前が気になってな。任務を早く終わらせたんだ」
仕事帰りだが彼の声は落ち着いていて、あなたを抱いた安堵がうかがえる。
だがルドガーは感情をさっと下ろした目つきで、後ろの男二人を見やった。
「何をしている、お前ら。外に聞こえるほど騒がしかったぞ」
「……い、いや別にっ? 任務お疲れさまです隊長!」
「俺は隊長じゃない。ただの獣だ。……赤髪。ここから抜け出そうとしたか?」
じろっとルドガーの瞳が険しくなる。ナザルはもう実体を現わしていたが、黒い霧のかすかな気配が残っていたのかもしれない。
「だったらなんだよ。お前の仲間のせいでなあ、自由に出入りできなくなっちまっただろうが! 同じ獣ならこのつらさが分かんだろ軍人野郎!」
「ああ、わかるさ。これは結界師が張った特殊結界だ。お前らがここまでやつらを警戒させたんだぞ、その実力に喜べよ」
彼は珍しく皮肉交じりに笑う。
あの防音魔法でお世話になった結界師ゲインは、最近かなり大活躍しているようだった。
ルドガーは片腕に抱いたあなたを離さないまま、あることに気づく。
「……ん? 待て……なんだこれは」
あなたの頭に鼻を近づけ、くんくんと犬のように確かめている。
そのとき、縮こまったあなたは汗が流れそうになった。
まずい、さっきのくだりがバレるかもしれない。
「あっルドガー、そろそろ行こうか。私お風呂入りたいし」
「……風呂? まだ昼だぞ。……おい、お前の全身からあいつの匂いがする」
そう呟いた瞬間、ルドガーの形相が凄まじいものへと変貌した。
殺意そのもので睨みつけ、金色の瞳が濃い色に変わり、あなたを背後へと移し自分は歩み出す。