第12章 赤兎編
この建物は上層に行くほど位の高い騎士達が住んでいるが、昼間は任務や訓練で不在だ。
セロとナザルは共同の大きめの部屋を分け与えられていた。
大柄な獣ナザルは人化したまま、部屋の入口であなたを待っている。
「よお。ありがとな、俺のパンツ」
「はい。気を付けてくださいね。では――」
「もう帰るのか? ちょっと寄ってけよ、お茶入れてやるから」
「いえいえ結構です。男性たちのお部屋に入るわけにはいきませんので。ルドガーにも言われてるし」
はっきりと返すと、彼はむしろ色めいた目つきで見下ろしてきた。
「くくく……この人妻感たまらねえな……いつになったらあんたを落とせんのかねえ…」
「いつでも無理ですって!」
あなたがか弱い声を張り上げると、開けっ放しの部屋の奥に、さらっとした黒髪の青年が見えた。
この自由奔放な獣の彼の主人が、なにやら机に向かっている。
「セロさん! このいやらしい人どうにかしてくださいよ!」
「おうじゃねえか。そんな奴無視してこっち来いよ。お前にも見せてやる」
「は……?」
彼はいつもの小気味よい口調ではなく、真面目なトーンで視線を手元にやりながら言った。
積み重なった魔術書のほかに魔術の器具やら粉末が散らばり、かなり専門的なデスクだ。
「わあ、すごい……セロさんも本当に魔術師だったんですね」
「だから言っただろ、研究肌だって。ほらこれ薬だよ。いろいろ作って騎士たちに売りさばこうと思ってな」
錠剤をばらっと手から出した彼から、とんでもない企みを聞き、あなたは目を白黒させた。
「売りさばくって……これ何の薬ですか? 絶対そんなことしちゃだめですよ!」
「しっ、声がでけえぞ。これはな、催眠や睡眠、筋力増強剤から自白剤まで……やつらが喜びそうなもんばかりだぞ」
けけけ、と悪い顔で製作に没頭する彼を見てあなたは引く。
どうやらとんでもない人物をここに引き入れてしまったのかもしれない。
だがそれは、彼だけではなかった。
「おい俺にもかまってくれよ、……すぅー……ああ~……あんたほんと、いい匂いすんなあ……美味そうだ……」
「きゃああああっ」
突然後ろからナザルに抱き込まれ、頭の匂いを思う存分嗅がれた。
ぞわっとする感触が全身に広がり、思いきり体をふって逃れようとするがびくともしない。