第4章 4
side 安室透
彼女の咄嗟の判断で、危機を脱することができた。
さすがですね、と口にすると、彼女は「探偵の安室さんに褒められた」と嬉しそうに笑った。
その表情があまりにも無防備で、思わず手を引いていた。
気づいた時には、距離が近すぎた。
視線の先にあった彼女の頬に、唇が触れていた。
一瞬、時間が止まる。
近づいた時の微かな匂いと、唇に伝わる柔らかさだけが、やけに鮮明に残った。
……僕は、何をしているんだ。
任務中だ。冷静でいなければならない。それなのに、この中途半端な衝動で彼女に触れてしまった。
彼女は真っ赤になって固まっていた。その反応が、また余計に意識を乱す。
このまま抱きしめてしまいたい…。そんな考えが一瞬よぎって、すぐに打ち消した。
あれは本当に、意図したものではない。気づいた時にはもう終わっていた。
誤魔化すように「ターゲットが来ます」と口にしたが、彼女にどう映ったかは分からない。
最低だな、と内心で苦く思う。
それでも彼女は、僕を責めなかった。
むしろ笑って、「ラッキーですよ」と言った。
その言葉に救われてしまう自分が、さらに情けない。
彼女の優しさに、完全に甘えている。
「安室さん、そろそろ行きましょう。ターゲットたち、行ってしまいますよ」
彼女の声で現実に引き戻される。
手を引かれ、僕はようやく動き出した。
さっきの出来事をなかったことにするように、彼女はいつも通りに振る舞っている。それが気遣いだと分かるからこそ、胸の奥が少し痛む。
路地の影からカメラを構え、ターゲットたちを撮影する。
彼らは【Hotel happiness】と書かれたホテルへ入っていった。その様子も逃さず記録する。
あとは出てくるところを押さえるだけだ。
盗聴器からは「いつもの時間で」と声が入る。
午後14時。
ターゲットは普段通りなら17時40分頃に退社し、そのまま帰宅するはずだ。
そこから逆算すれば、少なくともあと2〜3時間は待機になる。
少し長いが柚希さんにも待機してもらわないといけないな…。