第1章 呼ぶ子沢のお話ーひとつめー
何年か前に、東北地方のA県を訪ねることがあった。用向きがあっての一人旅だったが、用件そのものは2日ほどで終わった。
安い民宿に宿泊したのであるが、その宿の主人と食事の際に話をするようになり、だいぶ親しくなった。
私は積極的に話したわけではないのだが、話の端々で怪異譚や民俗学に興味があるということが伝わったようで、
「それなら、T先生に会うのがいいべ」
と言われた。T先生は祖父の代から地元の郷土史を研究しているアマチュア民俗学者だということだった。もともとは小学校の先生をしており、退職後は私塾を開いていたという。今ではそれもリタイアし、研究に打ち込んでいるのだそうだ。
旅行日程はまだ2日ほど残っていたので、私はこの紹介されたT先生に会いに行くことにした。
☆☆☆
「よく来なさった」
私が民宿の主の名を出し、紹介されたことを告げると、齢よわい70を過ぎている様子のT先生は満面の笑みで迎えてくれた。学校の先生をしていただけあって、人と話すのは好きな様子だった。
案内された応接間には、土器や古銭、古道具、古今の書物などが所狭しと並んでいた。一人暮らしであるというT先生がお茶を用意してくれている間、私は部屋を見て回った。書棚には東北の民俗学や西洋の呪術についての本など様々な書物があった。一部にはT先生やT先生の父か祖父が著したと思われる本もある。
『A県の民話集』
『山奥夜咄』
『中世のS村民俗考』
などなど。その中の一冊、T先生の名が記された本に興味を惹かれた。
『【呼ぶ子】伝承考察』
パラパラとめくってみると今から20年くらい前にT先生自身が自費出版した書物のようだ。T先生自身の自筆のサインが表紙の裏に記されているところを見ると、贈呈用として準備したものの余りのようだった。
まえがきを読む。