第4章 『夕凪にほどける』
「𓏸𓏸、今日ちょっと付き合ってくれない?」
夕方の廊下。
書類を抱えたまま歩いていたところに、後ろからそんな声が飛んできた。
振り返ると、ハンジが片手をひらひら振っている。
「付き合うって、なにに?」
「備品整理。ひとりだと飽きちゃいそうで」
「それ絶対サボる気でしょ」
「失礼だなぁ。ちゃんと働くよ」
笑いながら隣に並ぶ。
いつもの空気。
いつもの距離。
なのに最近、こういう“いつも通り”が危ない。
一緒にいる時間が長いのは前からだった。
話すのも、隣を歩くのも普通だった。
でも、ここ最近。
ハンジの言葉ひとつに、変に心臓が反応する。
倉庫に着くと、薄暗い室内に夕陽が細く差し込んでいた。
「うわ、すご」
「ね。これはやる気なくなる景色だ」
適当に積まれた箱を前に、ふたりで笑う。
ハンジが棚の上に手を伸ばした。
少し背伸びした拍子に、結んだ髪が肩から流れる。
……また見てる。
最近ほんとによくない。
前まで普通だったのに、
今はこういう何気ない仕草にいちいち目がいく。
「𓏸𓏸、それ取れる?」
「あ、うん」
箱を受け取ろうとして手を伸ばした瞬間、
指先が軽く触れた。
たったそれだけ。
それだけなのに。
どく、と胸が跳ねる。
「……?」
ハンジがこちらを見る。
「どうしたの?」
「いや、別に……」
「顔赤いけど」
「赤くない!」
即答したら、ハンジが吹き出した。
「はは、ごめん。そんな勢いで否定されると思わなかった」
「……うるさい」
心臓に悪い。
ほんとに。
箱を抱えたまま距離を取るようにしゃがみ込むと、頭上から声が降ってきた。
「𓏸𓏸ってさ」
「……なに」
「最近ちょっと変だよね」
ぎくりとした。
「え」
「前より反応かわいい」
「……は!?」
思わず顔を上げる。
ハンジは棚に寄りかかったまま、面白そうにこちらを見ていた。
「なんか、すぐ固まるし」
「……それはハンジが変なこと言うからでしょ」
「変かな」
「変!」
「そう?」
全然自覚なさそうな顔。
その感じが余計ずるい。
だってこっちは、
何気ない一言だけでこんなに振り回されてるのに。