第1章 🍏
「っふ」
ん?
声のした方へと視線を向け顔を持ち上げれば、いつの間にか目の前に男の人が立っていた。
黒いトップスに黒のパンツ。グレーのマスクにお洒落な黒縁メガネをかけている。これだけ全身黒かったら暗闇にいて気が付かないのは当然かなんてそんなことを呑気に考えていたが、目の前の男性が肩を小刻みにゆらしクスクスと笑っているのに気が付いてハッとする。
男性の持っているスマホからは『どうかしました?』なんて心配そうな声が聞こえていて、私は慌てて紙を手渡すとそれを受けとった男性は「ありがとうございます」とだけ小声で囁き再びスマホを耳にあてた。
「すみません、ちょっと色々あって」
男性はそう電話の相手へ返事をし、そのまま私へ軽い会釈をして室内へと繋がるドアへと歩いて行く。
「いや、あの人私のことめっちゃ笑ってなかった…?」
いやまぁ確かに私の紙のキャッチの仕方面白かったかもしれないけども…変だったかもしれないけども…あなたの吹っ飛んでいく紙をキャッチしたんですが…なんてとっくに閉まったドアを見つめ呟いた。
“ありがとうございます”たったその一言だけだったはずなのに、やけにその声が耳に残った。