第1章 【五条悟・伏黒恵】クロユリは君を欲しがる**
「――めちゃくちゃ変。で、最高に特別」
その人は、可笑しそうにそう言って。
私の見ている世界を、あっさりと肯定した。
あれは、小学校に入って間もない頃のこと。
夕方の公園には、誰かが忘れていった赤いバケツが、砂場のそばに転がっていた。
ブランコは風もないのに、ぎい、ぎい、と揺れている。
けれど、公園には私しかいない。
……ううん。
本当は、私だけじゃなかった。
ブランコの下に、黒いものがいた。
人みたいに見えるのに、人じゃない。
犬みたいにうずくまっているのに、犬でもない。
ぐにゃぐにゃした手みたいなものが、砂の上を這っている。
それが、ずっとこっちを見ていた。
見ちゃだめ。
お母さんにも、お父さんにも言われたことはない。
でも、私は知っていた。
ああいうものは、見ちゃだめ。
見ているって、ばれちゃだめ。
ばれたら、こっちに来る。
ランドセルの肩ベルトをぎゅっと握った。
早く家に帰らなきゃと思うのに、足が動かない。
黒いものが動くたびに、ブランコがまた揺れる。
ぎい。
ぎい。
「……っ」
泣いちゃだめ。
声を出したら、きっと気づかれる。
これ以上あれを見ていられなくて、目をぎゅっと閉じた時だった。
「なにしてんの、こんなとこで」
後ろから声がした。
びくっとして振り向くと、知らない男の人が立っていた。
背が高くて、髪が白くて、丸くて真っ黒なサングラスをかけている。
制服みたいな黒い服を着ていて、手には紙袋を持っていた。
この辺の人じゃない。
それだけは、すぐにわかった。
こんな田舎で、あんなに目立つ人を見たことがなかったから。
「ふーん」
お兄さんはブランコの下を見て、ニヤリと口元を上げた。
「しょぼいのに絡まれてんじゃん」
しょぼいの。
しょぼいって、あの黒いやつのこと?
「……あれ、見えるの?」
聞いた瞬間、しまったと思った。
言っちゃった。
誰にも言っちゃいけないことを。
あれが見えているって。
お兄さんが、サングラスの奥からじっと私を見る。