第1章 月夜のアンコール
「どうしたのですか? ルミー」
ゆっくりと階段を上がりそう声を掛けてきたのは母だった。私が書斎の前で立ち尽くしたままの様子を母はますます困惑そうにしながら近寄り、それから眠っている父の方へ視線を移した。
「眠っていたのですね。また大昔の演劇について調べ物をしていたのでしょう」
と言いながら母は私の横を通り過ぎ、灯りも点けずに書斎へと入って行った。母の周りはいつも優しい光に包まれていた。昔、遠い海で灯台守をしていたのもきっとあんな姿なのだろう。だから母は、暗がりも怖くないのだとか。
「起きて下さい。夕食が出来ましたよ」
母はそう言って父の肩を揺らした。父はすぐに動き出したが、母の灯りしかない書斎の中では、扉の前にいる私からでは表情は見えない。
ただ母は父の長めの髪を掻き分け、穏やかに微笑む。そして母は私にもよく言う言葉を、父にも掛けてあげるのだ。
「大丈夫ですよ。私が光になりますから」
それを聞いた瞬間、実はプロポーズをしたのは母からなのではないか、と私は強く思い込んだ。実際に言葉として告白したのは父かもしれないが、そっと寄り添っていたのは母の方だった……そんな想像が私の中で広がり、いつか恋愛相談をするなら母がいいのかも、なんて密かに思った。
「ああ、ミス・インディゴ、そちらにいたのですね……」
今は「ミス」ではないはずの母に何を言ってるんだと思った瞬間、父が寝ぼけて母の顔にグッと近づいたので私は慌てて扉を閉めた。ここから先は私は見てはいけない気がする。私は二人の世界を邪魔したくなかったのだ。
けれども同時に、私は二人のような関係に憧れも抱いていた。私もいつか、誰かとあんな関係を築きたい……そんなふうに思いながら、私は階段を下りて母の代わりに夕食の準備を始めた。
おしまい