第1章 月夜のアンコール
「なんでもないです。……お父さんを呼んで来ましょうか」
私は結局、自分は子どもの頃から変わらないんだろうなと思いながら後ずさりをした。気恥ずかしさから逃げようと提案した話題でもあった。
「ええ、お願いします。あなたがロドスに向かうと聞いた時から、実はあなたのことを心配していましたから」
きっと顔を見たら喜びますよ、と母は言った。父はやや心配性なところがあった。その理由がファントムさんと関係があるのかと問いただしても、父は頑なに口を閉ざして何も言わなかったけれど。
それから私は父の書斎がある二階へ上がった。私は父の書斎が大好きだった。父が読み聞かせる色んな世界の絵本も。ただ、大好き過ぎて父の書斎にある本棚をひっくり返してしまい、散らかしながらあちこちの本を読もうとしていた(当時は文字があまり読めなかった)という思い出も、今では懐かしい。
とはいえ、父も母も物静かな人である。私は時々、どうして二人は結婚に至ったのだろうと疑問に思うことがあった。プロポーズはどっちだったのかと聞かれたら、二人は目を合わせながら、シャレムさんの方です、私の方からですね、と答えてはくれるのだが、自分が言うのもおかしな話だが、父はそこまで積極的な人ではないように見える。今だってきっと、書斎で何か書類か本を睨むように見ているのだ、と扉をノックすると返事がない。そっと開けてみてみると、父はデスクに突っ伏したまま居眠りをしていた。
私は、すぐに灯りを点けようとしたが、何故かそれを躊躇ってしまった。灯りを点けたら父を起こしてしまうと思ったのと……カーテンも閉めていない窓から射し込む月明かりが、父だけを照らすスポットライトのようで見とれてしまったのだ。
いつか、家族三人で演劇を見に行ったことがある。どこかに出掛けていた途中で見かけたストリート演劇だったけれど、父は何か思い立ったように舞台に飛び出して誰もが感嘆な声を出す程の素晴らしいナレーションをしたのが今でも印象的である。私はその時、そんなカッコイイ父を誇りに思っていたが、父はどこか悲しげでもあった。まるで、そう……ファントムさんの話を聞いている時みたいに。