第5章 無重力に花は咲く
右に避けても左に避けても人込みは途切れることなく、それでも一瞬見つけた空白に体をねじ込んだ。
「わ、」
「なにやってんだよ」
「ご、めん」
「あー、焦ったー」
無理強いなんてするんじゃなかった。隙間に押し込んだ体は前から歩いてきた人に、当たり前のようにぶつかった。いつもより少しだけ高いヒールは履き慣れていない証拠。バランスを崩した体が、そこそこの勢いをつけて前のめりになった所で左腕を掬われる。
あと少しですっ転んで、何ならパンツまで見せていたかもしれないあたしの醜態を寸でで回避してくれたのは、他でもない蓮だった。
「大丈夫か?」
「うん、でも、あれ?なんで?」
「振り向いたら誰かとぶつかってて、なんか危ねぇことになってたから」
「ごめん」
「いや、こっちこそ。歩くの早かったな、悪ィ」
人混みを避けて、通路の端まで移動して、でも腕はまだ掴まれたまま。そこから入ってくる彼の気持ちは心配を伺わせるようなそれ。恥ずかしいやら申し訳ないやら、自分の感情の目まぐるしさに顔から火が出そうになる。
「蓮」
「ん?」
「もう、その、大丈夫だよ?」
だからこれ、と視線だけで訴えてみるけど、分かってるのか分かってないのか読み取れない表情は、あたしをじっと見下ろしてる。やめて、そんなに見つめないで、逃げたくなる。
悪あがきだとばかりに逸らした視線は、普段なら興味すら持たない壁の広告。文字の羅列を目で追って、それでも追うだけ。頭になんか入ってくる訳がなかった。
「これ、嫌?」
「…っ、いや、じゃない、けど」
「なら危なっかしいから、このままな」
腕からするりと降りた蓮の手のひらが、あたしのに触れた。彼の体温が低く感じるのは、きっと寒さのせい。やけに冷たく感じるのは、絶対あたしが火照ってるせい。そっと握りしめて、そのまま引かれて歩き出す。
顔真っ赤。
可愛いな。
そんな彼の心情には全力で聞こえないフリをした。