第4章 仙籍
あの記念すべき式典を境に、玄英宮の空気は一変していた。
どこへ行っても、官吏や衛士たちの口からはの話題ばかりだった。
「主上が新しくお連れになった楽士殿、本当に天界から降りてこられた天女のようだったな……」
「あの透き通るような歌声が、今も耳から離れん。この雁の国に、あのような調べがあったとは」
噂は瞬く間に宮廷中に広がり彼女が日頃から王や麒麟、そして身の回りを世話する女官たちの前でその声を披露していると知れ渡るやいなや、宮廷は少しだけ騒ぎになった。
「一目だけでもそのお姿を」
「あの魂を洗われるような美しい歌声を、もう一度聴きたい」
と、職務の合間に時間を見つけては、それとなく彼女を探し回る者が後を絶たなかった。
だが、どれほど彼らが熱を上げようとも、が普段生活し、勉学や音楽の研鑽に励んでいるのは、玄英宮の中でも王や限られた者しか立ち入れない奥深いエリアだった。
「くそっ、今日も内宮の手前までしか行けなかった……」
「当たり前だろう、我々がそう簡単に足を踏み入れていい場所ではない。あぁ、羨ましいな、殿の付きの女官たちは……。毎日あの美貌を拝み、特等席で歌を聴いているのだろう?」
「全くだ。半日でもいいから職務を代わってほしいものだぜ」
門の警備にあたる衛士や前朝から仕えるベテランの官吏たちでさえ、遠い目をしてそんな惜しむ声を漏らす始末だった。
内宮の廊下ですれ違う他部署の女官たちからも、「本当に羨ましい限りですわ」と嫉妬混じりの溜息をぶつけられ、付きの女官たちはいつも誇らしげに胸を張っていた。
当の本人はというとそんな外宮の熱狂など露知らず、今日も自室で新しい文字の読み書きに頭を悩ませていた。
「……うーん、この文字のハネは、こっちで合っていますか?」
「ええ、完璧ですわ、様。本当にお優れでいらっしゃること。……ああ、今日も外の男共たちが、様をひと目見ようと必死に庭園の周りをうろついておりましたよ」
クスクスと笑う女官の言葉に、はペンを握ったまま小首を傾げた。