第3章 風
あの人の背中を追いかけていた頃がある。まだ、剣を握ることが怖くなかった頃。
任務の帰り道。夜明け前の空は淡くて、風は冷たかった。
それでも、胸の奥は不思議と温かかった。
「遅ェ」
振り返りもせずに投げられる声。兄弟子である不死川実弥は、少し先を歩いている。
「すみません……!」
息を切らして追いつくと、ちらりとだけこちらを見た。
「謝ってる暇あんなら足動かせ」
「は、はい」
厳しい言葉。でも、その歩幅はほんの少しだけ緩められていた。
気づかないふりをしている優しさに、胸が少しだけ軽くなる。あの人の隣を歩けることが、嬉しかった。
「……さっきの、どう思った」
唐突に問われる。
「え?」
「鬼だ。どういう血鬼術だった」
考える。さっきの戦いを思い返す。
体に染み付いた動きの癖、剣の流れ、鬼の動き。
「……視界を歪めるタイプかと。距離感が掴みにくくなっていました」
「他はァ」
「……気配も、少し鈍らされていた気がします」
答えると、少しだけ間があった。
「まぁ、悪くねェ」
短い言葉。
それだけなのに。胸の奥が、じんわりと熱くなる。認められた気がした。
もっと、ちゃんと役に立てるようになりたいと思った。この人の隣に立てるくらいに。
「ただ、おめぇは考えてから動く癖が抜けねェ。動きながら考えろ。外しても下を向くんじゃねェ。次どうするか切り替えろ」
的確だった。兄弟子の助言はいつだって私を奮い立たせた。
次こそは、もっとうまくやれる。そう思わせてくれる。
思っていたのに。
「二度と剣を握るな」
あの日かけられた言葉はこれだった。
静かな声だった。怒りでも、叱責でもない。ただ、決めるみたいに。終わらせるみたいに落とされた一言。
その言葉を最後に。兄弟子と、顔を合わせることはなかった。