異世界転生悪役令嬢だと思ったら、本当の悪女はヒロインだった
第2章 始まりは悪女から中編
この場を支配しているのは、涙だと。
「エミリア。君には失望した」
その言葉が、静かに落ちる。
胸は痛まない。
――痛んではいけない。
公爵令嬢エミリア・ヴァレンタインは、取り乱さない。
否定しない。
言い訳をしない。
それが、私に叩き込まれた“誇り”だから。
でも。
(……どうして)
心の奥で、ひびが入る。
私は何もしていないのに。
ただ、彼女に近づかなかっただけ。
ただ、媚びなかっただけ。
ただ、アルベルト様に縋らなかっただけ。
それだけで、私は悪役になるの?
視線が痛い。
ざわめきが広がる。
「やっぱり」「前から思ってた」「怖いもの」
――決めつけは、こんなにも簡単だ。
そのとき。
ふと、思い出す。
数日前、廊下ですれ違ったときのこと。
リリアーナさんは、誰もいないと思っていたのだろう。
鏡に向かって、涙の角度を何度も確かめていた。
あの時の表情は、今のそれとはまるで違った。
私は、知っている。
彼女は弱くない。
彼女は、選んでいる。
――“守られる側”という立場を。
鏡の前で、涙の粒をどの位置に置けば最も儚く見えるのか。頬を伝わせる速さはどれが最も胸を締めつけるのか。
声を震わせるとき、どこで息を詰まらせれば効果的なのか。
――あれは偶然ではない。
努力だ。計算だ。演出だ。
そして今、この場でそれは完璧に機能している。
私はゆっくりと息を吸う。
リリアーナさんは、自分の“弱さ”を武器にしている。
平民出身という立場。
貴族社会での孤独。
身分差への不安。
それらを丁寧に積み上げ、“健気な少女”という物語を完成させた。
そしてその物語の中で、私――エミリア・ヴァレンタインは必要不可欠な存在。
――対比だ。
光を強く見せるには、影が要る。
アルベルト様は正義感が強い。弱き者を守ることを美徳とするお方。
だから彼女は、彼の前でだけ崩れる。
階段から落ちた日もそうだった。
彼が駆けつけた瞬間に、彼女は意識を失った。
ドレスが裂けた日も。
彼が目にしたときだけ、布を握りしめて震えていた。
偶然?
いいえ。
選択だ。
私は彼女を観察していた。
彼女は決して、私と二人きりのときには怯えない。
むしろ、真っ直ぐに私を見返してくる。
その瞳は、今のように濡れてはいない。
私は理解する。