異世界転生悪役令嬢だと思ったら、本当の悪女はヒロインだった
第9章 令嬢は冷静です。さぁどうする?
「……私、そんなつもりは……」
震える声。美しい潤んだ瞳。
完璧なヒロインの響き。
けれど今、その響きは少しだけ空回る。
なぜなら私は、彼女を追い詰めていないから。
攻撃されていない涙は、観客の想像力を刺激しない。
アルベルトが一歩前に出る。
「エミリア。君は、本当に彼女を責めていないのだな?」
私は真っ直ぐに答える。
「責める理由がございませんわ」
嘘ではない。今は、まだ。
教室の空気が揺らぐ。完全だった物語に、細い亀裂が入る。
弱者と強者、涙と沈黙。
その対比が、ほんの少しだけ曖昧になる。私は静かに席へ戻る。
胸は高鳴っている。だが顔には出さない。
逆算は成功。
疑念は、否定よりも強い。物語を壊す必要はない。
ただ、均衡を崩せばいい。アルベルトの視線が、まだ私に残っている。
その意味が変わり始めていることを、私は感じ取る。
ひびは小さい。だが一度入れば、広がる。
次は――観客自身に、考えさせる番だ。