後宮は恋愛する暇はありません!なのに皇帝がやたら近い件!
第3章 琳 前編
あ、鼻血。
状況とは裏腹に、頭は妙に冷静だった。
石段。
両手には桶。
水はこぼれ、膝は擦りむけている。
ほんの一瞬、後頭部に衝撃。
振り向く間もなく、体格のいい年嵩の女が拳を振り下ろした。
「何やってんだい!新入り!早く桶の水を汲み直しておいで!」
さらに振りかぶる拳を、私は反射的にかわす。
え、避けた私すごくない?
とりあえず桶を拾い、清水の流れる人工の水路へ向かう。
水を汲み、ふと気づく。
――私の手、こんなに荒れてたっけ?
水仕事でひび割れた指。
赤く裂けた皮膚。
水面に映った顔を見て、息が止まった。
そこにいたのは、28歳OL・水瀬美咲ではない。
真っ黒な長い髪を簡素に束ねた、黒目がちな少女。
頬は痩せ、日に焼け、あどけなさが残る。
「……なにこれ」
驚きで再度桶を水路に落とす。
周囲を見回す。
石造りの建物。
水路のある石畳。
同じ粗末な衣を着た女たちが列を作り、洗濯場らしき場所へ歩いている。
監督役らしき女が前後を固めている。
どう見ても、古代王朝の城内使用人エリア。
映画のロケ?
ドッキリ?
いや――鼻の痛みがリアルすぎる。
「新入りがまたサボりやがって!これで分からせてやろうかね!」
さっきの体格のいい女が、棒を持って迫ってくる。
身の危険を感じた私は、水を汲み直し、とりあえず列の最後尾へ滑り込んだ。
鼻血を出し、膝を引きずりながら。
女は私の背後に立ち、怒鳴る。
「今年の新入りはノロマやグズばっかりだ!今日の洗濯が終わらなきゃ、全員臀が赤く染まるまで叩き倒してやるからね!」