後宮は恋愛する暇はありません!なのに皇帝がやたら近い件!
第10章 小さな変化 後編
「下女でも、女官試験はある」
桃児が目をぱちぱちさせる。
「え、受けられるの?」
「読み書きと計算ができればね」
監督女官が前に言っていた。優秀な者は女官に引き上げられることもある、と。
「え?読み書き?私できないよー」
情けない声で桃児が言った。
そっか…昔の人って読み書きは商売人か手習いとして貴族や豪族の嗜みであって、一般の人が読み書きできないのは通例か…。
私はふと考えて、傍にあった小枝で、試しに地面に文字を書いてみた。
「あ」と書いたつもりが、独特な文字を私は地面に書き出していた。
どうやら"琳"は読み書きができるようだ。
私が地面に色々書いてみた文字を見て
「阿琳すごい!文字かけるんだねー!」
"琳"の素性は知らないが、一般教養があるみたいだ。
横で、感心している桃児に、私はニッコリ笑って
「空き時間に少しずつ教えてあげるよ」
私の言葉に桃児の目が輝いた。
まぁ、この職場にいて空き時間なんかほとんどないが……
「大事なのは観察して、覚えて、失敗しない。それだけで評価は変わる」
私は桶の縁を指でなぞる。ささくれはもうない。
小さな改善。でも確実な変化。
蒼煌帝国は揺るがない大国。
蒼い麒麟の血が正統とされ、皇帝を頂点に、皇后、四妃、妃たちが並ぶ。
外廷では官僚が政治を動かし、
後宮では妃たちが静かに均衡を保つ。
完璧に見える構造。
でも、その足元で働いているのは私たちだ。
「桃児」
「ん?」
「ここ、地獄みたいだけどさ」
私はにやりと笑う。
「地獄にも階段はあると思わない?」
桃児は少し考えてから、笑った。
「階段…?よく分からないけど、阿琳と一緒なら、登れそう」
単純だなぁ。でも、悪くない。
再び桶を持ち上げる。水が揺れ、光が揺れる。
ただの下女、琳。
マントウと傷んだ野菜をより分けながら生きる毎日。
それでも。私は知っている。
巨大な仕組みの中で、
小さな工夫は、やがて流れを変える。
だから今日も働く。
観察して、覚えて、備える。
この蒼煌帝国で、ただ洗うだけの存在で終わらないために。