後宮は恋愛する暇はありません!なのに皇帝がやたら近い件!
第9章 小さな変化 前編
今日も私は洗濯場で、桃児と並んで桶を抱えていた。
湯気と石鹸草の匂い、濡れた床、止まらない怒号。
これが私の日常。
食事は一日三回出る。固いマントウと、傷んだ野菜の炒め物。それでも「出るだけありがたい」というのが、ここ後宮の下女の常識らしい。
最初は正直きつかった。
でも今は違う。
私は器を覗き込み、手慣れた動きで野菜を選り分ける。
色の変わった部分は端へ避け、まだ張りのある葉だけを箸でつまむ。
汁はマントウに吸わせて、ぱさつきを誤魔化す。
「阿琳、ほんと上手になったよね……」
桃児が感心したように言う。
「経験値ってやつ」
前世で散々、節約とサバイバルをやってきたんだ。
自炊女バカにしてもらっちゃ困るよ。
まあ……たまに疲れてコンビニ弁当があったが、それは疲れて作る気ない日もあるさ!
そして、傷みかけの食材を見極める目くらい、自然と養われる。
とはいえ、栄養が足りているわけじゃない。
午後の洗濯は腕が重い。濡れた衣は予想以上に重い。
「琳!手を止めるな!」
監督女官の声が飛ぶ。
「はーい!」
返事だけは元気に。
桶をこすりながら、私は周囲を観察する。
洗濯場は後宮の縮図だ。
皇后様の衣は最奥。
四妃の衣はその手前。
上級妃、中級妃、下級妃と順に並ぶ。
階級ごとに桶も違う。
薬剤も違し、干す場所も違う。
間違えれば処罰。
「阿琳、今日四妃様の衣多いよね」
桃児がひそりと言う。
確かに。
青の刺繍、朱の縁取り、重厚な黒地、白銀の糸。
四妃の衣は、布の質からして違う。
「寵愛が動いてるのかもね」
「え?」
「衣の数は、寵愛の数」
桃児が目を丸くする。私は小さく笑う。
ここでは、直接の言葉よりも“物”が雄弁だ。
衣の数。
香の消費量。
厨房の注文。
全部、力関係の表れ。
監督女官が私たちの横を通り過ぎる。
以前より怒鳴る回数は減った。
桶の点検も定期的に入るようになったし、布の仕分けも整理された。ほんの少しだけど、環境は整いつつある。
「ねえ阿琳」
桃児がぽつりと聞く。
「私たちって、このままずっと洗濯場かな」
私は手を止めずに答える。
「ずっと、って決めつけるの早くない?」
「だって下女だよ?」
「下女でも、女官試験はある」