後宮は恋愛する暇はありません!なのに皇帝がやたら近い件!
第5章 琳 後編
「面白い娘ですな」
素服の男は私の手元を見る。
「その針、常に持ち歩いているのか?」
「はい。……自分の身を守るために」
「身を守る?」
「衣のほつれは、誰のせいにでもできますから」
一瞬、空気が張り詰める。
素服の男の視線が鋭くなる。
「ずいぶんと、この場所を理解しているな」
「……長く働けば、嫌でも覚えます」
本当は人生二周目の社会人経験だけど…
男は静かに歩み寄る。
桃児が震える。私は動かない。
「名は」
「琳、と申します」
「そうか、琳」
低く、名前を繰り返す。
それだけで胸が妙に騒ぐ。
後ろの男が時間を告げるように咳払いをする。
「そろそろ戻らねば」
素服の男はわずかに頷いた。そして去り際、振り返る。
「桶の点検、必ず行われるだろう」
私は目を瞬いた。
「……え?」
「お前の言葉は、無駄にはならぬ」
その声音は確信に満ちていた。
どうして、そんな言い方を…?
後ろの男が静かに私を見る。
「琳殿。あまり目立ち過ぎぬことです」
穏やかな忠告。
しかしその目は、何かを測っている。
二人は洗濯場を後にした。
桃児が小声でささやく。
「阿琳……今の人、ただの宦官じゃないよね?」
「……うん」
胸の奥がざわつく。
ただの見物人じゃない。
あの視線、あの余裕。
あの“必ず行われる”という確信。
まさか……
でも、そんなはずない。
私はただの下女。
相手は――