後宮は恋愛する暇はありません!なのに皇帝がやたら近い件!
第5章 琳 後編
……誰?
下級宦官、には見えない。
けれど高位の人間が、こんな場所に?
私はとっさに頭を下げる。
「お見苦しいところをお見せしました」
桃児も慌てて平伏する。
後ろの男が静かに言う。
「ほう。“お見苦しい”とは?」
声は柔らかいが、探るような響き。
私は一瞬迷い、それでも答えた。
「本来なら失態として処罰される場面でしたので。騒ぎ立てるものではありません」
素服の男が小さく笑った。
「だが、お前は騒ぎを止めた」
「止めなければ、もっと大きな問題になりました」
私は顔を上げずに続ける。
「血が衣に飛べば、隠せません。桶の欠陥が露見すれば、洗濯場全体の責任になります。……ならば、繕えるうちに繕う方が得策です」
――沈黙。
水の滴る音だけが響く。紺の素服の男に控えてた男性が口を開く。
「自分が罰を受ける可能性は考えなかったのか?」
考えないわけないでしょ。
でも口に出すのは別。
「……怖くないわけではありません」
私は正直に言う。
「ですが、不合理な罰を受け入れ続ければ、ここは変わりません」
桃児が不安げに私の袖を引く。
言い過ぎた?
しかし素服の男は怒るどころか、興味深げに私を見つめていた。
「変える、と?」
「はい」
思わず顔を上げる。
彼の瞳は、夜のように深い。
「桶の点検ひとつで防げる事故なら、最初から防ぐべきです。叩く前に整える。それだけで、無駄な血も涙も減ります」
男はわずかに目を細める。
「ずいぶんと大きなことを言うな、洗濯場の下女」
「身分は関係ありません」
言ってから、しまったと思う。桃児が青ざめる。
だが後ろの男がくすりと笑った。
「面白い娘ですな」