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星の歴史

第1章 1〜3


 午後の鐘が鳴り終わったあとのことだった。

 本院の回廊は、祈りの時間が終わった直後の張り詰めた静けさに包まれている。石壁は冷たく、わずかな湿り気を帯び、遠くで誰かの衣擦れの音だけが細く反響していた。
 その冷気を切り裂くように、バデーニは足を止めることなく歩いていく。

 彼が写本室へ向かっているのには、明確な理由があった。

 三日前、講義の席で彼は古い天文表の誤差を指摘した。
 教授は「写本の揺らぎだろう」と軽く片付けたが、彼にはわかっていた。
 それは揺らぎなどではない。系統的なずれだった。

 原典と現行写本の差異を確認する必要がある。

 ──誤りは許せない。

 誤りは、世界の秩序を曇らせる。

 扉を押し開けると、写本室の空気は外よりもさらに冷えていた。
 蝋燭の匂い、乾いた羊皮紙の粉、インクの鉄臭さが混ざり合い、静かな緊張を孕んでいる。
 机が整然と並び、数人の書き手が俯いてペンを走らせていた。

 彼が入った瞬間、空気がわずかに固くなる。

 それは畏怖だった。あるいは警戒。

 金の髪は差し込む光を受けて淡く輝き、整えられたトンスラが白く浮かぶ。
 均整の取れた顔立ちは彫像のように端正で、柔らかさよりも冷たさを感じさせた。

 だがその美しさは完全ではない。
 鼻梁を掠める細い傷と、口端に残る古い裂傷が、近づきすぎれば切れると告げる刃のような気配を帯びている。
 澄みきった両目は、他者を映すというより、値踏みする光を宿していた。

「天文講話集の写本はどこですか」

 声は低く、抑揚がない。

 奥の机から若い女が顔を上げる。
 灰色の簡素な衣に包まれた華奢な体躯。しかしペンを持つ指先には迷いがない。

「第二棚の、右から三冊目です」

 彼は礼を言わず棚へ向かい、羊皮紙の束を取り出す。頁をめくる音が室内にやけに大きく響いた。
 数行読んだだけで眉がわずかに動く。

 やはり。

 彼は机へ戻る。
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