Tell My World 【ヒロアカ 爆豪勝己】
第2章 初恋は、0と1の境界線上で
あの初ダイブから緑谷もこの世界へとのめり込んでいった。
現実での過酷な任務や、教師としての重圧。
それらを脱ぎ捨てるための息抜きとして、彼らは現実よりもこの仮想世界で言葉を交わす時間が増えていた。
たまに上鳴が合流しては騒ぎ散らすこともあったが、今日、爆豪は1人でいた。
現実での仕事が少しばかり立て込んだせいだ。
荒んだ心を鎮めるには、ここは最適な場所だった。
『アクア・クリスタリア』の「静寂の入り江」は頭上を覆う巨大な水の天蓋から、宝石を砕いたような光が降り注ぐ。
そこは隠れスポットであまり人は寄りつかない。
その光を浴びて水の音を聴いているだけで、現実の苛立ちが、薄皮を剥ぐように消えていく気がした。
「…………」
ふと、視界の端に動く影があった。
岩陰に腰掛け、自分と同じようにただ静かに海を見つめている一人のミラージュ。
髪を隠すように深いフードを被り、質素な白いワンピースを纏った、目立たないアバター。
(……誰だ)
いつもなら、他人の存在など無視して立ち去る。
だが、その背中から漂う、現実の重みに押し潰されそうなほど濃密な「孤独」に爆豪は射抜かれたように足を止めた。
それは見覚えのないアバターのはずだった。
だというのに、海を見つめるその静かな瞳が、「魂の形」が、爆豪の脳裏に焼き付いているあの歌姫と重なって見えた。
「……おい」
気づけば驚くほど静かな声で呼びかけていた。
ミラージュが、びくりと肩を揺らして振り返る。
フードの奥から覗いた瞳が、水面に反射する光を受けて揺れた。
「……あ」
小さな、吐息のような声。
その声の響きだけで爆豪の確信は、確かな「熱」へと変わる。
「……こんな場所で、何してやがる」
ライブでの傲慢なまでの輝きはない。
そこにいたのは、今にも水の中に溶けて消えてしまいそうな、脆くて危うい――けれど、誰よりも人間らしい一人の少女だった。
彼女は、大きな瞳を揺らした。
「……あっ、……BLAST……」
フードの奥から覗く瞳が驚愕に大きく揺れる。
彼女はすぐに目の前の男が誰であるかに気づいた。
ここ最近のライブで誰よりも鋭く、そして飢えたような瞳で自分を凝視していた、あの『BLAST』だったーー。