第5章 対峙と邂逅
天元のところを出てから八重は故郷の海へ来た。
ずっと恐れていた海と対峙する。
海は静かだ。
何も言ってはこない。
八重が帰ってくることなど当たり前というように。
八重は歩を進め、足首が海水に浸かるくらいまで海に入る。
そして、しゃがんで手を手首まで浸ける。
「今日はお話をしにきました」
海は何も答えない。
ただ聞いている。
「私にお与えになったこの力は何なのでしょうか?」
海は何も答えない。
ただ八重のもとに波を押しやる。
八重は自分のもとへやってきた波を手で掬い、口に運んだ。
舌が痺れるほど塩辛く、けれども懐かしい香りのする液体が喉を通り八重の身体に溶け込んでいく。
一瞬、呼吸が楽になる感覚。
そして八重は理解する。
海の意志を、自らに与えられた力のことを、最終的に自分がどうなってしまうのかを。
だから海は何も言わない。
海がこれ以上八重に何かを与えることはないし、奪うこともしない。
永遠に近い時間の末に八重は必ず海のものとなると確信しているから。
「そうだったのですか。でも、私は…人間でありたい」
八重は海から出た。
海は追ってこない。
何も言わないし、何もしない。
ただ八重を見ている。
長い長い生の中で八重の人間たらしめる部分が削ぎ落ちて、人間ならざる者になり、もう一度海に還ってくるその日まで。
海はただただ見ているだけ。