第12章 きっかけは事故【ヒロアカ/出久夢】
心臓が、耳元で鐘を鳴らすように激しく打ち付ける。
彼の緑色の瞳が、驚きと戸惑いで大きく見開かれている。
ほんの一瞬――。けれど、スローモーションのように長く感じられたその沈黙の中で、あたしたちは互いの吐息と、火が出るような熱を共有していた。
「……っ! ご、ごごごめん、なさい!!」
弾かれたように飛びのいたのは、出久くんの方だった。
彼は顔を真っ赤に……いえ、耳の裏まで真っ赤に染め上げ、漫画のように両手を激しく振り回している。
「わざとじゃなくて、その、足が縺れて……! 怪我はない!? 本当に、その、……唇、ごめん!」
「……だ、大丈夫。あたしこそ、前を見てなくて」
あたしも顔が熱くて、とても彼の顔を直視できない。
散らばった資料を二人で無言で集める。手が触れそうになるたびに、電流が走ったように肩が跳ねる。あの柔らかい感触が、まだ唇に残っているような気がして、あたしは無意識に指先で口元を拭った。
「……あの、えっと……僕、1年A組の緑谷出久です。君の、お名前……聞いてもいいかな?」
資料を渡される際、上目遣いに、震える声でそう問われた。
いつもは遠くから「ヒーロー科の凄い人」として見ていた彼。でも、今の彼は、ただの一人の男の子として、あたしを真っ直ぐに見つめている。
「……普通科の、です」
その日以来、廊下ですれ違うたびに、あたしたちは言葉にならない熱を視線で交わし合うようになった。
あの一瞬の事故は、偶然の重なりだったかもしれない。けれど、唇に残ったあの熱い記憶が、あたしたちを「他クラスの生徒」から、特別な「誰か」へと変えてしまったのだ。
(出久くん…カッコいいから…これは意識しないはずがないよ!)
【完】