第3章 『気になる音』
バスケ部の練習は、いつも通り進んでいた。
「 岩田妹〜」
軽い声が飛ぶ。
冗談みたいな呼び方。
咲は一瞬きょとんとしてから、
「はい」と小さく返事をして振り向いた。
「タオル、余ってる?」
「あります」
そう言って、
すぐに用意して差し出す。
受け取った先輩は礼を言って、
またコートに戻っていく。
それだけ。
特別な会話じゃない。
なのに。
次のメニューに移る前、
また声がかかる。
「 岩田妹〜、ドリンク」
「はーい!分かりました」
返事は素直で、
動きも早い。
無駄がない。
当たり前みたいにそこにいる。
「阿吽の呼吸…」
誰かがそう言って、
「な」と笑う。
凛人は何も言わずに、
ボールを指で回した。
視線が、
気づけばまた、 咲のほうに向いている。
走る姿。
止まるタイミング。
周りを見て、先に動くところ。
(……頑張ってんなー)
自分でも理由は分からない。
ただ、
呼べばちゃんと来るのが分かってるから、
つい、声をかけてしまう。
「 岩田妹〜」
また、呼ぶ。
咲は少しだけ困った顔をして、
それでもちゃんと、こちらを見る。
「何ですか?」
「いや、なんでもない」
そう言うと、
「?」って顔をしながらも、
すぐに仕事に戻った。
練習は続く。
日常は、何も変わらない。
——変わらない、はずなのに。
気づけば、
目で追っている。
理由はない。
名前をつけるほどの感情もない。
それでも。
「 岩田妹」と呼ぶ声だけが、
今日はやけに、
自然に出てしまっていた。