第9章 『 高鳴るふたつの音 』
☆ 咲ちゃん 視点 ☆
イルカが高く跳ね上がった瞬間、大きな水しぶきが客席の前列にかかって、周りから小さな歓声が上がった。
「うわっ」
思ったより飛んできた水に、思わず目を閉じる。
ぱしゃっと軽い音がして、顔を上げると――
隣の凛人先輩の髪が、少しだけ濡れていた。
前髪の先から小さく水滴が落ちて、いつもより少しだけラフな雰囲気になる。
「……大丈夫ですか?」
「ん? 全然平気」
そう言って、手で軽く髪を払う仕草。
その何気ない動きが、なぜか胸に強く残った。
(……なんでだろ)
さっきから、ずっと。
ペンギンを見て笑った顔も、クラゲを見ている横顔も、手を繋いで歩くときの少しだけぎこちない感じも。
全部、いつもより近くて。
(今日、なんかずっと……)
胸の奥が落ち着かない。
先輩が「どうした?」と少し首をかしげる。
その視線に、余計に鼓動が速くなる。
私は少しだけ視線を落として、それでもちゃんと伝えたくて、小さく口を開いた。
「……あの、先輩」
「ん?」
「今日、ずっと……先輩がかっこよくて、ドキドキしてます……」
言った瞬間、自分で恥ずかしくなってしまい、思わず視線を逸らす。
でも、止まらなかった。
「その……男の人と初めてのお出かけが、先輩で良かった……です」
言い終わるころには、顔が熱くて、ちゃんと先輩の表情を見られない。
イルカショーの歓声が上がる中、少しだけ間が空く。
(……やっぱり、言わなきゃよかったかも)
そう思いかけたとき、繋いでいた手が少しだけ強く握り返された。