第2章 『これが『最初の1歩』の音』
数日が過ぎた。
マネージャーの仕事にも、少しだけ慣れてきて、
練習の流れも分かるようになった。
「 岩田妹、タオル頼む」
「 岩田妹、水」
その呼び方は、毎日変わらない。
分かってる。
悪気がないのも、効率重視なのも。
……でも。
(私、名前あるんだけどな)
胸の奥が、ちょっとだけ、むずむずする。
練習が終わりかけた頃。
思い切って、声をかけた。
「……凛人先輩」
振り返る背中。
「なに?」
少し拗ねた気持ちを、隠しきれないまま。
「凛人先輩って……
私の名前、覚えてますか?」
一瞬、空気が止まった。
その横で、蓮が吹き出す。
「ハハッ、凛人。
試されてるぞー」
視線が集まって、
心臓がどくん、と鳴る。
凛人先輩は、少しだけ困ったように目を逸らしてから——
「…… 咲」
名前を、呼んだ。
「 咲だろ? 知ってる」
その言葉に、胸の奥がほどける。
「……ふふっ」
気づいたら、笑っていた。
「ありがとうございます!」
照れくさくて、
でも嬉しくて。
私はそのまま、少し早足で離れる。
背中に、視線を感じながら。
「……」
蓮が、ぽつり。
「あちゃー。
いい笑顔だことだわ〜」
凛人は答えない。
ただ、
さっきまで聞こえていた体育館の音が、
少しだけ遠くなった気がしていた。