第6章 祭
「おいコラ鬼鮫」
びったびたに濡れそぼった小枯が肩を怒らせて鬼鮫を睨んだ。
何故か大層酒臭い。強い酒精のツンとくる匂いが充満する。
小枯の目が座っている。大層怒っている様子。
「おやおかえりなさい。水浴びは如何でした?楽しめましたか?」
「聞いてないぞ。何だよあれは」
「何ってあなた、だから言ったでしょう?部屋で大人しくしてなさいと」
「祭りに来て部屋で大人しくしてるんじゃ詰まらないだろ」
「そう言って私が止めるのも聞かず飛び出して行ったのはあなたですよ?どうです?詰まりましたか?」
「…兎に角風呂に行って来る。話はそれからだコノヤロウ」
「怒ってますねえ」
「にやにやするな!腹立つな!」
床に酒染みを見下ろして小枯はうへぇと片足を上げた。
「どうするんだコレ。暫く匂いが抜けないぞ」
「アルコールはお好きでしょう、あなた」
「そういうことじゃない。誰が酒の匂いに巻かれて暮らしたいと言ったか」
筒袖を脱いで腹掛けに脚衣の格好になった小枯が情けない顔で溜め息を吐いた。
浅黒い肩口から腕まで、酒で濡れそぼっている。
「酒の祭ってのはこういう祭りか。これじゃ何処ぞの国の水掛け祭だ」
「豪儀な祭でしょう?」
「確かに豪儀じゃあるが…後で覚えておけよ、鬼鮫」
「これだけ豪儀なのは初日の今日だけです。明日からは普通の祭ですよ。飲み比べや出店が出て、酒の神に奉じる能や神楽が催されます。楽しみですねえ」
「…先に言えよ。お前って奴は…」
ぶつぶつ言いながら浴室へ行った小枯を見送り、鬼鮫は堪らず口元を手で押さえて笑った。
大体外に出れば異様な雰囲気に気付かない訳がない。酒臭く濡れそぼった通行人と幾たりもすれ違った筈だ。
それでも何が起きているのか確認せずにいられなくて、わざわざ本通りまで行ってまんまと酒を浴びせ掛けられてきたのだろう。
本当に期待を裏切らない。面白い女だ。小枯。
こんなことで妙に喜んでいる自分が馬鹿みたいに思える。
そもそもこんな祭でわざわざ酒を浴びてくる奴など面白いどころか、愚か者でしかない。
以前の鬼鮫ならそう思った。
なのに今はまんまと酒に濡れそぼった小枯を部屋に迎えいれるのが無性に待ち遠しく、待ち遠しいことが楽しくさえあった。
「…私も焼きが回りましたねえ…」
「そう思うならお前も浴びて来い!酒を!」
