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常磐

第5章 春の刹那



雪解け水が縷々と下生えの合間を走り、沢へ流れ込む。
濃い緑の苔が沢沿いの岩を彩り、その岩に未だ張り付く雪の名残りから沢へまた雪解けの水が滴り落ちる。

春の息吹を司って流れ下る沢の淵に、紅い括り紐の鮮やかな立ち姿がある。

細身の、背筋が伸びた後ろ姿。腰まで垂れる靭やかな髪が沢の水気を吸い込んだように濡れ濡れと黒い。

近頃頓に伸び始めた自分から見て、その姿は随分小さく見える。

いっそ稚く、庇護欲が膨れ上がる。

そう感じるのが不可思議に心地良い。

守ってやれるのではないか。守ってやりたい。守らせてくれ。

これは則ち、傍らにあって退かず、必要であり続けられること。

「小枯」

声を掛ければ、黒髪を揺らして振り返る。

「霜刃」

名を呼び返される。

高い声ではない。少し低い、柔らかな声。子守唄でも歌えばさぞ聴き心地良いだろう。
幼い頃からずっと、小枯は甲高い声を上げたことがない。14にもなろうという今に至り、狩りに携わるという勤めについても尚。

「行くか?こっちはいつでも行けるぞ」

素っ気なく言う小枯の顔は派手な造りではない。
けれど均等のとれた気持ちの良い顔立ちをしている。躊躇いのない線でひと息に描いたような。
それがたまらなく好きだ。

「霜鎌の鹿狩りは見飽きたな。凍みの大物狩りが見たい」

欠伸しながら伸びする小枯は見るだに気持ちがすく。
日溜まりで弛緩する猫、水辺で座り込む鹿や小枝に停まって転寝する目白か柄長を思わせる。

「浅寒連は鳥や兎ばかり狩らされる。何故なんだろうな。組に関わらず狩れる者が狩ればいいだろうに」

不満げに言う小枯は、掌から氷混じりの水を迸らせる時雨という異能を持っている。それを狩りに使うから、成果が高い。

成果は高いが、その時雨は小枯の身を削る。
使えば使った分小枯は削れて、人より多く飯を食らい、水を飲み下し、寝込む。目の下に隈を作り、食っても飲んでも痩せたまま。

「皆が狩れば里も潤おうにな」

沢の泥濘みを避けながら歩み寄る小枯に霜刃はこのところの懸念をぶつけてみる気になった。

丁度周りに他の浅寒連はいない。

凍み鎌霜鎌を目指しながら日常の小さな狩りを罠方と組んでやるのが浅寒連だ。まだ年若い猟師も多く、弓を使って鳥や兎を狩るのが主だ。

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