白と黒のハーモニー 第二局 【ヒカルの碁・緒方精次】
第29章 ○ 卒業間近のトラブル ●
最近は以前のようにカフェで星歌と話せるようになり、緒方はホッとしていた。出版部との打ち合わせを終えて、今日もカフェを訪れるところだ。
ガラス扉を押し開けた瞬間、店内の空気がおかしいことに気づく。見渡すと、星歌がトレイを抱えたまま固まり、その腰には御器曽七段の手が回されている。御器曽は舐め回すように星歌を見て、品のない笑みを浮かべている。
「触ったって減るもんじゃないだろ。そもそも、そんなぴったりのズボンで誘ってただろ?十段を落としたときみたいに」
「…そんなこと!」
星歌の顔は羞恥に染まり、声は震えている。緒方の足が自然に速くなる。
「十段には股開いてんだろ?生娘でもあるまいし、触られたくらいで騒ぐなよ」
その言葉を聞いた瞬間、緒方は激しい怒りを覚えた。
「手を離せ」
低く冷たい声で言うと、御器曽がチラリと視線を向ける。
「あ?十段か。ちょうどいい、キミが囲ってる女を…」
下品な言葉を最後まで待つ必要などない。緒方は御器曽の手首を掴み、一瞬で捻り上げた。
「痛っ…!」
「星歌に触るな」
静かだが、店内に響き渡る鋭い声だった。
「星歌を下卑た目で見るな。星歌を侮辱するようなことも二度と言うな。次やったら、碁盤の上じゃ済まさない」
御器曽の顔が青ざめる。
星歌を自分の後ろに庇うように移動させて、そのまま御器曽を睨み続けた。
白川が真顔で立ち上がる。
「御器曽さん。もう帰りましょう」
「ちっ…」
御器曽は舌打ちしながら、会計もせずに店を出て行った。
店内に静寂が戻る。緒方はゆっくりと星歌の方を向いた。
「…大丈夫か?」
星歌は涙目でコクンと頷いた。
「…ありがとう、精次さん」
白川は遠くで、静かに親指を立てていた。
緒方がコーヒーを飲み終える頃には、星歌もだいぶ落ち着いたようで、雑談に笑顔を見せる。緒方が帰り際、星歌に言う。
「また何か言われたら、すぐ教えるんだぞ?」
「うん、マスターが出禁にしてくれたから、大丈夫だと思う」
「…出禁」
緒方がマスターを見ると、彼は黙って頷く。
「そうか。また、連絡するから」
星歌の頭を軽く撫で、緒方はカフェを後にした。