第10章 ※地獄の底で 君の名前を呼んだ【ヒロアカ 轟焦凍】
保須の夜は静まり返っていた。
病室のベッドに戻った轟は、手の中のスマートフォンを無機質な視線で見つめていた。
先ほど切れた通話の余韻が、胸の奥にざらついた違和感を残している。
「……風の音、か」
独りごちた声は、自分自身を納得させるにはあまりにも弱かった。
受話器の向こう側から聞こえた、彼女のひきつったような呼吸。
何かに耐えるような断続的な声。
そして、肉を打つような、湿った異様な音。
「轟くん、戻ってたんだね。顔色が良くないけど、傷が痛む?」
扉を開けて入ってきた緑谷が、飯田と共に心配そうに顔を覗き込んできた。
二人の顔を見て、轟はわずかに表情を緩めたが、その瞳の奥にある曇りは消えない。
「……いや、傷じゃねぇ。さっきと話したんだが、少し様子が変だった気がしてな」
「ああ、例の彼女さんだね……寂しがってるんじゃないかな」
緑谷が努めて明るく言うと、飯田も眼鏡のブリッジを押し上げながら真面目な顔で頷いた。
「左様だ、轟くん! 彼女も君の身を案じているのだろう。保須の騒動はニュースにもなっているからな」
友人たちの言葉に、轟は小さく息を吐いた。
思考の端々にこびりつく不吉な予感を、無理やり日常のノイズとして片付けようとする。
「……そうだといいんだが。あいつは昔から無理をするところがある。……早く退院して、直接ツラを拝みてぇな」
ぽつりと漏らした言葉に、緑谷が少し意外そうに目を丸くし、それから冷やかすような笑みを浮かべた。
「へぇ、轟くんからそんな言葉が出るなんて。本当に大切なんだね」
「……あいつは、俺の冷え切った部分に真っ先に触れてくれた奴だ。今はただ……無性に会いたい。あいつの温かいところに触れて、安心したいだけなんだ」
自嘲気味に、だが隠すことなく本心を口にする轟。
その脳裏にあるのは、清楚に微笑むの姿だけだった。
自分が不在の間に、彼女が複数の男たちの醜悪な楔を受け入れながら、自分の名前を絶叫して絶頂しているなどとは――夢にも思わずに。
「早く終わらせて、帰るさ。あいつの所に」
決意を込めたその言葉は、静かな病室に虚しく響いたーー。